僕はキング・クリムゾン(I am 'King Crimson')

4.33（cover）

空はぶちまけたバーボンの色で、
眠りに落ちそうな僕の瞼の上に重くのっかかってきた。
緩やかなエンジンの振動が、それをいっそう濃いものにする。
午前中に仙台を出た僕らだったが、まだ目的地には付きそうにもない。
3度目のドライブスルー、バイバイ羽生。僕はちびちびとコーヒーを舐める
『さてさて、今週のチャクラカウントダウン！！
週末のインディーズチャート第3位を飾ったのは、「夢見るアドレセンス」だァ！！』
カーステレオからアイドルのアップテンポなポップスが流れた。
僕は歪んだギターの伴奏でありながらも、
ティーンエイジャーの女の子が
舌っ足らずに歌いあげる曲は、僕にどこか脆さを感じさせた。
自分ではない、晩年に差し掛かった中年男性が思い描く少女像の上で、
本物の少女たちが踊っている。
こんな滑稽なことがあるかい？
宍戸だったら、こんな時何と言っただろう。

「西日暮里まではあとどれくらいかな」と僕が聞くと、
ジェイガスは指を二本左右にふら付かせ、「two.」と答えた。
ここは日本だというのに、ジェイガスはいつもマイル表記で答える。
「ご機嫌に行こうぜ、ウザワ」
ジェイガスはそういってカーステレオのチャンネルを変えた。
スピーカーから流れる『There Is A Light That Never Goes Out』

♪　　　Driving in your car
Oh, please don't drop me home
Because it's not my home, it's their
Home, and I'm welcome no more　　　♪


大学に入ってからというもの、The Smiths を聞いては
青春の薄明かりの過ごし方に思いを馳せ、
ピコピコしたニューウェーブのシーンにどっぷり漬かっていた僕には、
確かな足場なんて不要なものだった。

浮足立った毎日の中で、
足かせに近い日常に煩わしさを覚えながらも、
なんの興味もない経済学の授業を取り続けていた。
僕はしばらくそんなものだった。

対照的に宍戸の足場はしっかりしていた。
「強くなければ駄目だ」というのが宍戸の口癖だった。
宍戸はバンドの練習の時も誰よりも厳しい男で、
僕がチューニングをおろそかにしたギターを合わせると、
滝廉太郎ライクな眼鏡越しに無言のまま僕を叱責した。
詳しいことは知らないが、新型の重金属を作る研究をしていた。
どこまでも宍戸は強さにこだわっていた。

宍戸は大学三年のその秋、ひっそりと自宅で自ら息を引きとった。

僕が鋼のように思っていた宍戸の魂は、
棺の中で見たあの死体を担ぐような力強さを持ち合わせてはいなかった。
宍戸はどこかで、自分を支えてくれる鋼を求めていた。
それはこの世にまだないもので、自分だけが作れると信じていた。
そしてそれがかなわないと知って、宍戸の骨子は崩れた。

宍戸はなぜ、周りにあるものから目をそむけたのだろう。
自分を支える物質がこの世にないとそう思い込んだのだろう。
通学で通るあの八木山も、あのヒビだらけになったキャンパスも、
九州へ行った時の列車のレールも何もかも、僕らの足元にあったのだ。


僕は宍戸の分も力強く、自分の足場を踏みしめたい。
自分の足場を支えたい。
鉄はあらゆる骨だ。鋼はあらゆる肉だ。

そして僕らはその上に立っている。


Ebizo Ebiyama

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