明かりを灯しなさい　夜が来るわ
指輪を外しなさい　意味もないわ

流れ出す夜が降り積もる頃には
舫を解いて貴方を彷徨うわ　澱のように

この夜はあまりにも心地良くて
許される謂れなどとうに無くて
吸い込んだ冷たさが嘘のようで
立ち尽くす僕だけが意味を持って　浮かび上がる

明かりを灯しなさい　夜が来るわ
指輪を外しなさい　意味もないわ
溢れ出す澱が　ゆらゆらゆら浮かんでいる

母川（Mother River）

悶えて　駆け出す
渇きのままに
踏み入る 水面は
許しも待たず

滲み込むだけ　凍えるまで
染まる身体を委ね

呑み込むだけ　溺れるまで
水底へ消えるまで

撚り合わせた言葉は雨となり
仰ぎ見れば　礫が目を塞ぎ
垂れ流した祈りは影となり
振り返れど　灯りは何処か

すぐ傍に　夜が

悪水路（Drainage）

五隻あるうちの一隻が  
群れを抜けたうちの一匹が
海へ行くはずの一滴が
意味を捨てたはずの一節が

巻き上げられた砂礫のように
あなたの言葉を覆うのを
埋め立てられた堤の底で
私に滴るこの雨を数えて待っている

瞳を開けたままの一体が
いつか注がれた一杯が
終わりにするはずの一回が
忘れることなど叶わない一切が

掻き混ぜられた煙のように
あなたの心を覆うのを
掘り起こされた棺の中で
私に滴るこの雨を数えて待っている

声を震わせ名を叫べど雨に埋もれ
埋めた身体は地を離れて夜に紛れ
紛うことなきあなたの間隔を辿れば
轍は深みを増し畝になり

濡れた手足は瞬く間に畝へ沈み
沈めたはずの流れがこの川を喰らい
喰い尽くされたあなたの亡骸を辿れば
轍は唸りを上げ海になり

渡しそびれた言葉だけが堰を潜り
潜り続けた身体はいま青に交ざり
交わることのない流れを下り
それでも轍はあなたへと続いている

堤（Embankment）

飛び立つ群れが　東へ舞うならば
地を蹴れと　木立が呼び掛ける
照らされた私を　風が攫い
誘う声に　鼓動が飛び跳ねる 

あの日に見た　夢のとおり
対に漂う雲が　嶺を横切る
忘れられた管を通り　縋りついた手
散り散りに夜が降る

拍子を取り踊る雨が　見知らぬ尾根を濡らした
押し寄せる大波を　知らせる兆しのように

帳を行け　消えぬ影を辿れと声が聞こえた
当てどなく浮く船を　導く灯りのように

頂へ登れば　静寂が夜を告げる
響く声の示すままに　湛えられた病へと

病へ　飛び込む
夜の病へ　飛ぶ

出水期（Flood Season）

天井を　消えぬ気配が埋めている
焦がれて　斜めの梁へ手が伸びる

転げた器が　砕け散るように
途絶えて　白む額の側で　あなたは

泣き喚く私の姿を
溺れゆく私の姿を　見ただけなの

天井を　消えぬ気配が埋めている
呼ばれて　振り向く袖が空を切る

汚れた川面を　覗き込むように
もたれて　欹てている　それであなたは
押し黙る私の言葉を
沈みゆく私の言葉を　聞いたつもりなの

ああ　夜が来る
あの言葉を振り払う術はない
雨が伝う　この水屋に残された一つ一つの
褪せた色が　私のためならば
砕けた身体ごと　沈もう

溢れている
この飛沫を拭い取る力もない
脚が竦む　この水屋に残された一つ一つが
牙を剝いている　私を責めている

水屋（A Cupboard）Voice_Memo

嵩（Bulk）

ただここで　解れていくだけの
ただここで　溢れていくだけの

命　記憶
掠れて消えるだけの
祈り　まじない
煤けて朽ちるだけの

ただここで　膨れていくだけの
ただここで　嵩んでいくだけの

怒り　誇り
この身を焦がすほどの
うねり　ざわめき
この身を浸すほどの

まだここで　眺めているだけの
まだここで　見惚れているだけの

勇気　望み
私に持てるだけの
光　木漏れ陽
この手に余るほどの

繰り返した　言葉が澱む
雨粒に濡れていく
悴む手が　私に問いかける
溺れても　呼んでいるわ

取り替えては　心が濁る
ああ　緑が燃えている
確かめれば　あなたを売り払う
汚れても　呼んでいるわ

ただここで　解れていくだけの

馬虎河／Matlagawa

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